読まない奴の文章は奇なり
 相変わらずハマッてますよ。ハイキュー。


 いや、だって、面白いからさ。彼らのことを考えるのが楽しくて仕方ないんですよ。

 もう最近なんか喋ろうかなと思うとコレ関連しか話題が出てこないから静かになるパターンが増えてきたね。

 それから派生して……前回と同じ話がしたいわけじゃない。

 漫画もいいけどそろそろなにか面白い小説はないかと思い始めている。本を読まない奴はまともな文章が書けない。私はまともな文章が書きたい。読書は好きでもなければ得意でもない。よくもまあ高校の頃履歴書に趣味は読書なんて書いたもんだ。

 けれどもたまに"なにか"を読みたくなる。

 ちなみにハイキューのショーセツバン!!出てますよと喉元まで出ている親切な方。ありがとう、承知している。昔買った漫画の小説版が酷いデキだった為、未だに警戒して買わない癖がついている。なにか改悪があるのではないかと疑ってしまう。


 ではなくてちゃんとしたやつ。
 お洒落な喫茶店やあるいは電車などで開けるだけで、他者から無条件に時間の余裕を感じさせるタイプのやつだ。


 自覚はあるんだが私はちゃんと内容を理解して読むということが稀である。なにひとつわかろうとしないままオチだけ気にして突っ走るから内容も覚えてなかったりする。自分で勝手にそうしといてからアレはイマイチだった、などと宣う。


 面白い本を探すよりきちんと集中して読む訓練をした方が良さそうだ。面白い本なんて読む前からわかるもんか、自分が面白いと思った本が面白い本だこの野郎。つまり今までの話は無駄、愚問だった。


 話を変えて小説といえば、この前陳舜臣さんがお亡くなりになった。
 小説十八史略とても大好きだった。簡潔でわかりやすい文章だった。何度も繰り返し読んで母親に「アンタはいつもその十八史略を持って歩いているが勉強はいつするんだ」と叱られたのはいい思い出である。


 世の母親と林修は煽り方を間違えている。5分後であろうが明日であろうが1週間後であろうがしたくないからしないのだ。いつするのって聞かれたって「しない」としか答えようがない。


 そんな中学時代を私は陳舜臣さんの本と共に過ごしたわけだ。司馬遼太郎の文章に多大な影響を受けた私であるが、陳舜臣の方が歴史は長い。


 メインキャラクターに血肉を与えるのが上手な司馬遼太郎とは違い、なんとも言えないシュールな描き方で淡々と過ぎていきいつの間にかあの時のアイツが死んでから200年経っていた。そういう時代の物悲しさに気付かされるのが陳舜臣の味だったと思う。


 大河ドラマって本当はこういうことを言うのかもしれない。
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by kumatalow | 2015-02-05 00:08 | 日常 | Comments(0)

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