神主ライフ
奮発して本を二冊も買っちゃったね。


もう一冊はあとで紹介するとし、まず読み終わった神主ライフの方から。


元々は宮司の息子さんとして生まれたけれど普通のサラリーマンだったようで。

父上の急逝により突如若手宮司としてやっていくことになった武信神社の神主・仲尾宗泰氏著書。


神主になるための養成所時代の話から、神主の日々の仕事、地域との密着、私たちが日々勘違いしている神社のイメージと神様への接し方が、すごく柔らかい話し口調で書かれている。


勿論、テンポと面白さにかけてはこの間読んだ「カッコいい仏」には全然勝てないけど、やっぱり神職者は違いますねえと感心するところと、なんだ普通のオヤジだなって思うところと、なんだかほっこりさせられてしまう。


普段神様がどこにいらっしゃって、神主とはなにか、祭りとはなにか、参拝ってこういうことなんだよと、普段の我々が起こしがちな勘違いをフラットに紐解きながら、その見解たるや、時に宇宙規模になるのだから凄い。


最近私は本を読むたびに「宇宙」という言葉によく遭遇するのだが、つまり、人も神も、鳥も草木もすべては宇宙であるということなのだろう。


もう一冊の本は全く神様とは関係のない本だったけど、ここでもやはり宇宙という言葉が存在していたので、今まで宇宙と言えばNASAと円盤だと思っていた私は考えを改めたいと思う。


さて、神主さんの暮らし、実はほんの少し憧れる。


朝は早起きして御扉を開け、祝詞を秦上したあと掃き掃除。
昼は出張や祭りの準備で大忙し、夜は扉を閉めて祝詞を秦上して終わる。


一年間で遅刻しなかった日はないというほど自堕落で掃除が嫌いなヤツが、何をどこに憧れるのか?というほど神主のさんの暮らしはハードで規則正しいのである。そんな生半可な寺社仏閣への憧れだけで口にしてはいけないほど彼等は養成所で鍛え上げられている。昔の日本語も使いこなさないといけない、アホには無理だ、私には無理だ。


でも憧れるんだよなあああ。


ところで、私はつい最近まで全然意識していなかったが神道も立派な宗教だったのだ。


あまり人生のイベントに密着しすぎていて、わかっているようでわかっていなかった、気がする。


では仏教とどう違うのか?


日本を代表するものとして仏教があり、日本を象徴するものとして寺がある。だがしかし、仏教は元々インドから発生し、中国を介して日本に伝わった外国の宗教なのである。


それを日本人の肌に合いやすいように手直しして、「仏教」という独自のスタイルができた。これが約1200年か、それくらい前の出来事。


神道はもっと昔に、それこそ我々が猿から進化し、火を見つけた頃、いや人類が生まれた瞬間に神様が誕生したのである。


生まれて目にした山、空、海、火、あるいはその辺の石ころも神様だ。昔は石がなければ火が起こせなかったし、土がなければ農耕ができず、海がなければ幸にありつけない。
自然災害にも理由など無いからこれも神様の仕業だ。人々は自然の恵みに感謝し、今年も田畑が実りますようにと、今年一番の新米を神様にお供えし、その御下がりを直会で頂く。それを年長者が子供たちに分け与える。やがて室町時代に金品に変わってお年玉になる。


日本で生まれた日本独自の宗教が神道になるという訳だ。

話を聞くと神主さんには神様に接するに辺り、色々作法があって、いつも暑い直衣を着なくちゃいけないし、昔言葉で祝詞を考えなくちゃいけないし、とても大変なご様子。


まあしかし、我々のようなズブの素人が神道の修行でそんな神主さんみたいな真似をする必要はない。


神道は仏教の「悟り」や仏の「教え」とやらを理解することに比べたらずっと簡単で、清く、正しく、美しく。これさえきちんとしていればいいと言っても過言ではない。


インドの王子が自分探しの為に生活を捨て、半死半生で会得した悟りとは違い、自然の中から自然に生まれた宗教なだけのことはある。


出されたものは残さず食べる。


食べる前にはいただきます。


食べ終わったらごちそうさま。



掃除は周りではない、自分の心を綺麗にします。



参拝とは神様へのお願い事をすることではなく、神様にご挨拶をすること。お邪魔させて頂きますという気持ちが大事。


神様は目に見えるものでない代わりに、神社にしかいないわけではなく、自分家の机やテレビにもいるよってこと。


だから日々の生活に感謝して生きていきましょうね。たまに神社に来たら神様にありがとうを言いましょうね。



ざっくり言うと、こんだけっスよ。


また、神様とは人間であり、私たちもまた神様の端くれであると。


遥か昔、伊邪那岐と伊邪那美から生まれた子孫が私たちへと派生して、我々は神様の子供だ!喜べ!自宅警備のニートさんも立派な神の末裔である!!


これも目から鱗だったが、お守りを「一個買う」と言っては良くないらしい。


神様は一人、二人でなく一体二体と数え、また売買する御方ではないので、「お守りを一体受ける」という使い方をするらしい。

お守りは神様の力をお借りしている状態なので、授かる、受ける、という言い方をし、一年たったら処分するではなく、お返しする。


普段気軽に「神社の受付~売店~」とか呼んでた場所は実は「授与所」って書いてあるらしい。今度注意して見てみる。



なにやら興奮して喋ってしまったが、そういう本に巡り会えて良かった。
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by kumatalow | 2012-07-25 13:19 | 書籍 | Comments(0)

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